宮崎総合博物館
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権藤種盛 所用 四枚胴具足 写し

宮崎総合博物館 宮崎神宮所蔵の宮崎城 権藤種盛が着用した 具足を現代人に合わせた寸法で着用体験可能に再現させて頂きました。 端午の節句には着用体験が可能との事、
お近くで御興味のある方は是非!!

完成後の 権藤種盛 所用 四枚胴具足 写し


左 本歌(本物)         右 複製                


権藤 種盛
?〜1600 県(あがた)(延岡)城主 高橋右近大夫元種の家臣。 豊臣秀吉によって移封された、高橋元種は、その領内 宮崎城(池内城)に 権藤 種盛をおき、これを守らせた。奈古神社文書(写)の 『宮崎北方南方池内御給人衆到着』26人中にその名がみえる。1600年 秀吉なきあとの関ケ原合戦では、日向の諸将はほとんど石田三成にくみしたが、 ひとり伊東氏だけは黒田如水と通じ徳川方に荷担した。伊東氏の臣で清武城 主であった稲津掃部助は、この機に宮崎城を攻め、近隣諸国をおびやかした。 種盛は、県に援軍を頼んだが来てくれないため、嫡男仲左衛門種利、二男八 右衛門種公とともに討ち死にした。

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