川辺磨崖仏まつり
同県、川辺町磨崖仏まつり、まずは

【磨崖仏】(まがいぶつ) って何だ?から

清水の渓流が流れる断崖に、高さ20m幅400mに渡り刻まれている無数の磨崖仏群は、 平安時代から明治までの約700年間にわたり、様々な想いを込めて刻まれたもので、 日本一の大五輪塔など、他には例をみない大規模なもので、 歴史的にも仏教的にも価値の高いものです。 これが仏壇発祥のおこりとも言われています。 この、磨崖仏は現在岩屋公園内で見る事が出来ます。川辺町役場HPより引用

イマイチよーわからん人(私です)、後ほど映像ありますので、百聞は一見にしかず!!です。
さて、さて、ココ一昨年までは、平家の落人伝説を主に武者行列が行なわれていた、 この川辺の町、お仏壇でも全国的に有名な街、ウチもメッキや金具などでも 大変お世話になってます。
昨年より、島津総州家と奥州家の合流、島津史の中でも、戦国最強の礎を築いた、 史実に基づいた
【矢掛松】 を行なうようになりました。

リハ編

とりあえず全員整列!!


今回のラインナップは、

■第七代当主(総) 島津伊久(コレヒサ)【1363(貞治2)年〜1411(応永18)年】薩摩守護 

■島津伊久軍    20名

■島津伊久の長男  島津守久

■島津守久軍    22名

■第七代当主    島津元久 日向/大隅各守護 後に伊久より薩摩守護を譲り受け、
             名実ともに南九州三州の守護となる。

■島津元久軍    単騎......仮想で大軍.......
でお送り致します。

まー実際、北薩の渋谷一族やら、なんやら、からんでこの頃の島津は非常に複雑なので、 興味もたれた方は、自分で調べてください。 と言う事で、リハ開始、総時間わずか1時間弱しかも、弓隊以外は 毎年役割が回ってくるので、はじめての方々ばかり、毎度毎度イマイチわからん事ばかり、 のリハですが、
「サムライになりきっとってくれれば、なんも問題ナカです!!」
と言う、私のあまり根拠の無い割に、自信満々な発言を......... 黙って、信頼して下さる皆様

流石 薩摩隼人!!

で、チャンバラのリハ、出演者は川辺中?、サッカー部の皆さん。

頑張れ中坊!!

赤糸威し大鎧が島津伊久 萌黄威しが守久 紫威しが元久

やはり大鎧はカッコヨカ!!

あまり関係ないですが、着付け会場となる清水小学校の横の小川 凄く清んでました。心の洗われるゴタ

で、リハ終了、バスにて会場までGo!!
大型バスに乗り込む武者達は、なんか違和感あり......




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