敦賀骨董甲冑修理集
敦賀山車保存会より修理依頼頂きました。
今回の修理で常州早乙女家親の銘の入った
兜は、写しを作り本歌は資料館へ展示されることと、
なりました。
又1996年20領あまりの甲冑の修理の1部を公開させて頂きます。
(この甲冑に関しても、保存会のご理解により、許す限り、
資料館の展示品となったそうです。)
2003/7/19追加文
今から6年ほど前、修理をさせて頂いた、
甲冑達と再会してきました。
敦賀の山車で使われていた、能面等ともに、敦賀の見事な
歴史/伝統/文化を今も物語ってくれていました。
*写真をクリックすると拡大します。
以降、1996年の修理の一部
本小札朱塗白糸紋柄威二枚胴具足
六拾弐間総覆輪総檜垣入朱塗り兜
鉄錆地横矧鋲綴桶川二枚胴具足
参拾弐間鉄錆地兜新規作成
鉄錆地横矧鋲綴桶川二枚胴具足
六拾弐間鉄錆地兜
鉄錆地毬栗兜
本小札紫威二枚胴具足
六拾弐間筋兜、は新規作成
修理前 修理後
編集後記
大谷刑部の治めた地、敦賀、
車、ぶっ通しの運転中に、
専務と川内の大谷刑部逃亡伝説の
話しで盛り上っていた事を思い出します。
(あの頃、途中、長浜あたりは、大河「秀吉」で凄い盛り上り見せていました。)
人口、7万人前後、海があり、山があり、
原発のある街、何故か地元、川内の街と
類似する部分が多々ある街でした。
甲冑に関しては、秀吉、大谷刑部の頃ものと思われる
甲冑から、江戸期後期の物まで、
20領以上の甲冑の大半が、本小札
切付け小札と、江戸期の土地柄
を忍ばせました。江戸期以降と思われるの物は、
昭和初期に修理が行なわれ、大半に本金塗りが
施され、派手な金具を付けられ、敦賀まつりで山車に飾られる仕様に、
なっていた事が、残念でしたが、
敦賀山車保存会の皆様にご理解頂き、
この修理の大半の甲冑が
資料館展示となった事が、とても喜ばしい事でした。
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